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コラム

2022.07.01

◆赤本講演録勉強会報告◆「労働能力喪失率の認定について」

この記事を監修した弁護士
弁護士 細野 希

細野 希
(ほその のぞみ)

弁護士法人一新総合法律事務所 
弁護士

出身地:新潟県新潟市 
出身大学:新潟大学法科大学院修了
新潟県都市計画審議会委員(2021年~)、日本弁護士連合会国選弁護本部委員(2022年~)を務めています。
事故賠償チームに所属。主な取扱分野は、交通事故と離婚。そのほか、金銭問題、相続等の家事事件や企業法務など幅広い分野に対応しています。

1 後遺障害が認定されることの意味

自賠責保険の手続きにおいて後遺障害が認定されると、原則として、その等級に応じた労働能力の喪失があったものと評価されます。

そのような労働能力の喪失による損害は「逸失利益」と呼ばれます。

具体的にどの程度の賠償が認められるかについては、①被害者の年収、②労働能力の喪失率、③労働能力の喪失期間によって算出されます。

そのうち、①の年収は、給与所得額や事業所得額、場合によっては平均賃金によって定まります。

また、③の期間は、年齢や職業に応じた稼働年数によって定まります。

1~3級 4級 5級 6級 7級 8級 9級 10級 11級 12級 13級 14級
100% 92% 79% 67% 56% 45% 35% 27% 20% 14% 9% 5%

対して、②の労働能力喪失率については、本来であれば後遺障害の内容・程度によって個別に判断されるべきですが、実務においては、労災保険で用いられている後遺障害等級に応じた喪失率を基準に判断されることが通例となっています。

この基準は、国による行政通達に過ぎませんので、絶対の基準ではないわけですが、専門的な見地から定められた合理的なものであるとして重視されているわけです。

ただ、後遺障害の内容によっては上記の喪失率を適用すべきではないのではないか、との議論があり、数多くの訴訟で争われています。

本稿では、赤本講演録に触れられている事例の一部を紹介したいと思います。

2 労働能力喪失率の認定が問題となる障害

(1)腸骨採取による骨盤骨変形

腸骨(ちょうこつ)は、骨盤の中で最大の骨であり、その骨片を利用して、ケガにより骨欠損が生じた部位に移植されることがあります。

腸骨(骨盤骨)採取によって変形障害ありと判断される場合には、自賠責保険では12級の後遺障害と判断されます。

上記の表によれば、14%の労働能力喪失率が認定されそうですが、裁判例の大勢は、労働能力の喪失は通常認められないとして、逸失利益の賠償を否定しています。つまり慰謝料のみが賠償されているということです。

この障害については、労働能力喪失に否定的な医師の文献が多く、実務的には逸失利益の賠償請求は難しい状況です。

(2)脊柱変形

脊柱変形の後遺障害は、著しい変形を残すものとして第6級の後遺障害が認められる場合と著しい変形を残したとは言えないとして第11級の後遺障害が認められる場合があります。

前者の第6級に該当する著しい変形を残した場合には逸失利益が認めることに問題はないですが、後者の第11級に該当する変形障害については、逸失利益が認められるのか、多くの訴訟で争われています。

第11級相当の脊柱変形障害は、レントゲンによる脊柱圧迫骨折の所見により認定されることが多いのですが、「圧迫骨折だけでは労務に支障がないのではないか」との考えから、多くの事案で争いになっているのだろうと考えられます。

この点については、労働能力の喪失を否定する医師の文献もありますが、赤本講演録で紹介されている裁判例によれば、逸失利益を完全に否定するものは少数にとどまっています。

上記表の基準よりも低い割合の喪失率と判断した裁判例もありますが、基準に沿った労働能力喪失率を認めている裁判例も多く見られます。

このような裁判例の動向は、脊柱が重要な器官であること、損傷によって脊椎の支持機能と運動機能が制限されること、その完全な修復は望めないこと、脊柱が損傷すると椎間板・靭帯の力学的バランスが崩れて進行性の変形が生じてくることなどの事情が指摘されていることにあります。赤本講演録では医学文献として「脊椎損傷ハンドブック」が紹介されていますが、脊柱(椎)の重要性を指摘する医学的文献が重要になってくると思われます。

また、赤本講演録では、被害者の年齢や職業、骨折の部位や程度、骨折自体の安定性の程度、神経症状の有無、治療法の適否などを考慮すべきと指摘されていますので、脊柱変形の労働能力喪失率は、個別具体的な事例を基に判断すべきものとされていると言えます。

(3)嗅覚・味覚障害

嗅覚・味覚の障害は、後遺障害の等級表には明示的な規定はありませんが、嗅覚・味覚が完全に失われた場合には第12級相当、完全に失われてはいないが減退した場合には第14級相当の後遺障害に該当するとされています。

嗅覚・味覚ともに、障害されることで日常生活に大きな支障が生じ得るわけですが、料理人などは労務に支障が生じることは明らかですが、嗅覚・味覚に無関係の職業も多いことから、労働能力が喪失したと言えるのか問題となっているわけです。

この点については、裁判例が分かれていますが、主婦兼スナック経営者(女性)の嗅覚障害について第12級相当の後遺障害を前提に等級表のとおり12%の労働能力喪失を認めた事例(大阪地裁平成10年9月14日)、主婦兼家業に従事する女性の味覚障害について労働能力喪失を認めた事例(大阪地裁平成11年2月25日)などが参考になります。

このように、家事労働が関わる事案について労働能力の喪失が認められている傾向があると言えます。

3 最後に

以上の説明は、赤本講演録で紹介されている事例のうち、ほんの一部に過ぎず、実務では、様々の後遺障害について、労働能力の喪失の有無・程度が争われています。

以上の説明のほかにも、醜状障害や歯牙障害については、ほぼ例外なく逸失利益が争われ、労働能力の喪失が否定されている事例も多いです。

このように、被害者の立場からすれば、被った後遺障害によってどのような支障が出ているのかをきちんと立証していく活動が重要になっていると言えます。


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